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2018年03月の津南新聞「トピックス」

過去の津南新聞トピックス
ひなかざり、うぶすなの家  3月31日号
 ○…雪消えが遅い山里で、春を呼ぶ「うぶすなの家ひなまつり」が24、25日、下条願入集落で行われた。地区内外から女性客が次々と訪れ、抹茶や郷土料理をアレンジした「ひなまつり御膳」を味わいながら、妻有地域から集めた江戸、明治、大正時代などの雛飾りを鑑賞していた。
 ○…うぶすなの家は大地の芸術祭で再生された築94年の茅葺古民家で,
陶芸アートの常設館。今回、392体の雛人形をスタッフ20人で3日がかりで展示した。小千谷市から訪れた30代女性は「古民家と雛飾りの取り合わせが素晴らしい。食事も美味しいです」と堪能した様子。担当したNPO越後妻有里山協働機構の羽鳥めぐみさんは「うぶすなは食も大事にしています。地元主婦から力を発揮してもらい、夏の大地の芸術祭に臨みたい」と話した。

珍鳥「ヤツガシラ」、妻有で初めて確認   3月24日号
 ◎…頭部の薄オレンジ色の冠羽、翼が白黒という珍しい鳥が雪国を訪れてくれた。松之山の樋口裕一さん(45)が先月6日、パッと目を引く色の鳥が道に居るのを見つけた。「えっ、こんな場所にいるはずがないのに」と持参のカメラで撮影。そこに居た虫を食べていたようで、しばらく留まったため、何枚も写真が撮れた。渡り鳥の一種『ヤツガシラ』。大きさはハトくらいで羽を広げると40aほどになり、全体のオレンジと頭部のトンガリ羽根、翼の白黒模様が特徴の渡り鳥だ。

 ◎…野鳥の宝庫でもある松之山。森の学校キョロロ館長で松之山野鳥愛護会・村山暁会長(68)は「国内で会いたい珍鳥トップ10に入るめずらしい鳥。春先、南西諸島から北上する途中、たまたまここに寄ったのでは。長いくちばしで雪どけぎわの土の中から虫を掘り出し、食べていたのを私も見た。他にも目撃した人がいたようで、10日間ほど居たようだ」と話している。同会が登録する松之山の野鳥は今回のヤツガシラで142種になる。貴重な記録写真を撮った樋口さんは野鳥活動7年目。「まさかと、びっくりでした。他にも会いたい鳥がいます。鳴き声はよく聞きますが、まだ出会っていないアカショウビンに会いたいですね」と話している。

写真・樋口裕一さんが撮影した「ヤツガシラ」。羽根を広げ虫を捕まえようとしている(3月6日撮影)

「31歳」に全国注目、津南町長選に桑原悠・町副議長が出馬表明  3月24日号
 就任すると全国最年少の自治体トップになる首長選挙候補が名乗りを上げた。2期在職の現職が今期限りで退任する津南町。任期満了(7月8日)に伴う町長選は6月19日告示、24日投票で行う。すでに橋真二氏(57・前塩沢信用組合監査室長)と半戸哲郎氏(66・元町職員、元町議)が出馬を決めているなか、町議会副議長の桑原悠氏(31)が20日、出馬表明した。新潟県内の田上町長選で33歳候補が出馬するが、桑原氏はさらに若い候補となる。選挙事務所となる自宅脇の車庫2階で会見した桑原氏は『地域医療・農の再興・観光』を掲げ、「歴代町長の歩を踏みしめ、上村町政が進めた津南ブランド化への取り組みを評価し、子どもたちが大人になった時、良い町だと帰ってくるふるさとを作りたい」と決意を述べた。桑原氏は今月29日の町議会臨時議会後、同日付の議員辞職願を提出する意向だ。このため6月の町長選では町議補選を同時選で行うことになる。辞職後の来月早々予定の臨時会で後任の副議長を選出する予定だ。

 6年前、被選挙権(25歳)を得て東京大公共政策大学院の現役学生で津南町議選に出馬、トップ当選し、全国ネットで評判になった桑原氏。20日の出馬表明会見には新聞・TVなどマスコミ8社が詰めかけ、31歳の出馬表明の言葉を取材。津南町貝坂の自宅脇、車庫2階が選挙事務所。同席は元JA津南町営農部長の風巻忠義・後援会長。用意された資料の激励メセージには大学院時代のゼミ教授で野村総研顧問の増田寛也・元岩手県知事、元総務大臣も。いまも年数回、ゼミ生と共に増田氏は来訪し、交流している。
 桑原氏は津南町を「成熟期にある」と位置付け、人口減少・高齢者など山積する課題を『希望・愛・参加』をキーワードに「グゥーンと前に進める政策で取り組む」とする。その最重要解題に『農の再興』を掲げる。「大も小も共存共栄できる儲かる農業を創りあげる。生産者と行政・農協・関係機関をつなぐ農業支援人材を配置し、新たな法人化も視野に農業所得の向上に取り組む」と話す。新たな品種導入や気象情報活用など生産から営業・販売までを総合的に取り組み、農の再興をめざす。
地域医療の取り組みは「町立津南病院のあり方が課題だが、常勤医師の確保に具体的に取り組む。さらに独自に海外留学や研修制度を充実し医師確保に取り組み、県立十日町病院と総合的に連携し、総合診療医の後期研修など地域医療の充実に取り組む」と具体策の一端を示している。
 若者や女性活動支援では先端情報による研修支援を行い、2、3年間での人材育成に取り組み、所得アップにより定住促進に結びつける方針。自身が2児の母である立場から働きながらの子育て支援にも力を入れる。「親たちが交流する場づくりにより、かつてあって預け合いの仕組みを支援し、保育園や学校生活をサポートする仕組みを作る」など子育てにも力点を置いていく。
 人口減少対策では『関係人口』の拡充を掲げる。中心市街地の空き店舗を町が借り上げ、活用を広げ、津南町に関係する町外者を対象に『第2町民制度』を立ち上げ、交流人口の増加を移住・定住に結びつける方針。「国内外の人との関係づくりが重要になってくる。成熟期を迎えている町の良さ
は外からよく見える。町にある資源・文化などあるものを一歩ずつ進め、誠実なまちづくりをめざす」としている。
 具体的な政策は月内に作成し、集落懇談会に入る計画。自立を選択し、人口減少が進む津南町の新たなリーダー像を『1人の強いリーダーの時代ではない。多様な価値観をチームにし、主体性を尊重し取り組むコーチングするリーダー』が求められているという。掲げる「地域医療・農の再興・観光」を、議員活動で広がった国県行政関係者、学術分野、生産活動グループなど幅広い人材群により自治体運営をリードする方針だ。観光面では「町長直轄部局を設置し、地域の文化資源によるブランド作りを進める。日本版DMO(観光地づくり経営法人)登録をめざす」とする。ニュー・グリーンピア津南については「資本力あるプロの経営者に担って貰うのがいいのでは」と話している。
 就任すると全国最年少の自治体トップになることは、「津南町の存在感自体が高まる。これは大きいと思う。この国の国土の80%余が町村だが、町村の人口は10%をきっている。小さな自治体だが、山椒のようにピリッと光る津南町を作る」と決意を述べている。来月から地区懇談会に取り組み、政策を訴える方針。なお町議補選が同時選で行うため、「若い人たちから出てほしい」と擁立にも関わる方針だ。
     ◎◎◎
 津南町長選に出馬を決めている橋真二氏(57・前塩沢信用組合監査室長)は来月から地区懇談会を秋山郷から開き、町内30地区余りで開く方針。桑原氏の表明につて「有権者が判断するでしょう」と話す。一方、3度目の町長選挑戦となる半戸哲郎氏(66・元町職員、元町議)は22日に中央部の大割野に事務所開設。同様に来月から集落懇談会をスタート。桑原氏について「こちらはこちら。政策で訴えたい」と話している。

全国で優秀表彰、米検査員でJA津南町・関沢真一さん  3月24日号
 全国トップレベルの鑑定力―。今月9日に行われた第15回全国農産物鑑定会で、県代表の一人として出場したJA津南町の農産物検査員・関沢真一さん(38、中子)が優秀賞を獲得。同鑑定会はうるち玄米ともち玄米の計40点を30分以内に目視で等級や整粒歩合などを鑑定するもの。37都道府県から82人が参加、優秀賞以上は4人のみ。うち関沢さんを含む上位3人は同得点で、鑑定時間により惜しくも最優秀賞は逃した。関沢さんは「生産者が苦労して作った米を正しく格付けできるよう心がけています。新潟のコメ鑑定レベルの高さを示すことができたと思う」と喜ぶ。なお全国大会にはJA十日町・南雲壮一さんも出場している。
 現在、コメ・大豆・ソバの農産物検査員資格を持つ関沢さん。先月行われた県予選でトップの最優秀賞を初めて獲得。JA全農と全国JA農産物検査協議会が主催する全国大会出場を決めた。JA津南町からの全国大会出場者は初めて。県外の振興銘柄米の台頭、日本穀物検定協会の食味ランキングで魚沼産コシヒカリが初めて特A米から陥落するなど、コメ情勢は厳しさを増しているが「農産物検査における格付は生産者の所得を決める重要な仕事。日本一の魚沼米産地として、生産者・消費者から信頼されるよう今後も適性検査に努めたい」と話している。

国際インストラクター認定、スノーボードで妻有の2選手  3月24日号
 スノーボードのナショナルデモンストレーターが誕生―。競技指導員を指導する立場にある全日本スキー連盟認定のナショナルデモンストレーター。今季、十日町市から初となる2人のスノーボーダーがナショナルデモンストレーターの認定を受けた。今後、地域スノーボード界への普及拡大、貢献が期待されている。

 認定を受けたのは18歳から取り組む平野幹夫さん(40、水口沢、新潟スノーボードクラブ)と15歳から乗る丸山陽介さん(34、下条、松代スキー協会)。今月1〜4日まで上越国際スキー場で開かれた第15回全日本スノーボード技術選手権大会兼第8回デモンストレーター選考会に出場。フリーライディングなどの種目に300人余りが技術を競ったなか、平野さんは4位、丸山さんは7位と上位入賞、難関を突破して認定を受けた。ふたりとも「挑戦が結果に出てうれしい。将来的には、地元の子どもたちの指導にもあたっていきたい」と意欲を見せている。
 一方、十日町市ではアルペンスキーで水落亮太さん(39、四日町)が7期目(1期2年)、岡田慎さん(33、千歳町)が5期目のナショナルデモンストレーター認定を受けた。今月7〜11日、北海道・ルスツリゾートで開かれた第55回全日本スキー技術選手権大会兼第36回デモンストレーター選考会に出場し、決勝120人中、水落さんは6位入賞、岡田さんは23位と健闘した。このうち水落さんは、インターハイやインカレなどで活躍し、現在はガーラ湯沢スキー場でインストラクターを行いながら、プロスキーヤーとして国内スキー技術の普及やスキーの発展につながる様々な活動に取り組んでいる。「まだまだ自分の技術を高めたい。海外の大会などにも出ているので、地元の子どもたちはじめ外国人の指導にも当りたい」と話している。
 ナショナルデモンストレーターは2年に1回、選考会の大会で上位に入ることが前提条件という厳しい審査がある。全国でも認定者はスノーボードが14人、アルペンは26人だけとなっている。

スキーの吉田中学、今冬の報告会   3月24日号
 陸上やスキーの県大会や全国大会で上位成績をあげている吉田中(桑原政司校長、生徒64人)の今季の陸上部・スキー部報告会が20日、吉田ふれあいスポーツセンターで開かれた。生徒たちは来シーズン、全国中学校大会クロカンスキー競技が吉田クロカン競技場で開かれることもあり、決意を新たにしていた。
 同校は全校の約64%にあたる41人が陸上・スキー部員。小規模校ながらも県陸上100bハードルで4位入賞した俵山紗乙選手(2年)や県スキー大会でフリー、クラシカル、リレーの3冠を達成し、ジュニアオリンピックでも3年クラシカル2位の濱野希美選手(3年)など、県大会や全国大会で大きな成果をあげている。
 報告会で小山勇蔵後援会長は「伝統を守ろうという精神の中で大きな成果を挙げている。来年は吉田で全中スキー・クロカン大会が開かれる。活躍に期待します」と話し、桑原校長は「陸上・スキー部は人づくりの部活動。これからも文武両道で頑張ってほしい」と激励した。これを受け、陸上の春日唯人部長とスキーの柳勇斗部長、卒業生の中嶋竜之介選手(十日町高3年)がそれぞれ「努力を積み重ねてきた成果が出た。今後も目標に向かって頑張っていこう」などと新たな挑戦への意気込みを語った。
 市スキー協会の庭野鉄雄顧問と市陸上競技協会の南雲政治会長は「吉田地区民全員が指導者。それが生徒をやる気ある生徒を育てている。まだ通過点。今後も目標に向かって頑張ってほしい」などと激励していた。

雪掘れ、恒例「地面出し競争」、津南町で  3月24日号
 ○…「それ掘れ、どんどん掘れ」。豪雪地のハンディを逆手にとり、ゲーム感覚で楽しみながらグラウンドの雪消し作業を行う『豪雪地面出し競走』を21日、津南中グラウンドで行った。地元はじめ十日町などから力自慢の青年や親子など一般、ファミリーの部に25チーム150人が出場、『雪掘り一番』に挑戦した。
 ○…NPО法人タップが主催し今回が7回目。グラウンドには1・2bの残雪があり、参加者たちは息切れ切れになりながらスコップを手に地面をめざした。その結果、前回優勝チーム・遊友会が持ち前の力を発揮し2年連続5回目の優勝を果たした。
 ○…1回目から出場し続けている『津南町テニス協会』の橋真人さん(30)は「ラケットをスコップに替えフルスイングした結果、3位を取れたよ」と満足そう。津南中2年女子陸上部4人で組んだ『二代目 Tomorrow family』の山岸芽生さんは「楽しかった。いい思い出になります」と喜んでいた。
    ○
 ▼一般@遊友会AKLDCB津南町テニス協会▼ファミリー@大道LОVEAはりK‐EN30B心友懸走会▼中学生@やはりまちがっている僕らのほり方A津南中野球部CBもつ

魚沼コシヒカリ、特A陥落、原因不明、「今年が正念場」  3月17日号
 過去28年間の食味ランキング(財団法人・日本穀物検定協会)で最上級コメ「特A」を維持してきた『魚沼産コシヒカリ』が、先月の同協会食味評価で特Aから陥落した。生産現場は「どこのコメを検査したのか」と疑心暗鬼が広がり、魚沼米生産地の農協は「原因が分からない」、魚沼米の消費者からは「こんなに美味しいコメなのは、なんで」と、疑問と共にショックを受ける声が上がる。県農林水産部は14日、魚沼米の現地、南魚沼市の南魚沼地域振興局で『第1回魚沼米食味対策会議』を開いた。行政、農協、生産者、集荷業者など32人が出席。「なぜなのか」と特A陥落の原因が分からず、県担当者も「判然としない」とショックを隠せない言葉が続いた。県は今季の田植え前に、生産者に魚沼米作り指針を配布する方針だ。

 これまで当たり前のように「日本最高級米特A・魚沼産コシヒカリ」と商品袋に上書きされていた魚沼産米。今年この表示ができなくなる。
 日本穀物検定協会は毎年、新米の食味ランキングを発表。検査評価は20人の審査員が「外観・香り・味・ねばり・硬さ・総合評価」の6項目で評価し、最上級の特Aから4ランクを付ける。比較の「標準米」は全国のコシヒカリのブレンド米。ブレンドの中身も各銘柄のサンプル場所もいっさい公表されない。
魚沼米は5市2町(十日町市・小千谷市・南魚沼市・魚沼市・長岡市川口・津南町・湯沢町)からサンプル。これまで毎回特Aだったためサンプル地に関心は向かなかったが、特A陥落で生産現場から「どこのコメが出品されたのか」と『犯人探し』の声も聞かれる。
14日の魚沼米対策検討会議は県主導で開く第1回の会議。県分析では気象条件や食味に影響するタンパク値など平年と際立った違いがなく、担当者は「判然としない」と困惑気味。ただ生育期の低温、収穫期の長雨による収穫遅れなどが要因に上げられる。

 生産者から「現場はいいものを作り続けている。規模拡大やコストカットで、コメ作りの細部に影響が出たのでは」(魚沼市・関武雄さん)、あるいは十日町市倉俣の生産者で県農業生産組織連絡協議会・橋洋一副会長は「コメ作りは兼業農家も多い。仕事の都合で土日農業になり、結果的に作業工程が遅れるなどで品質への影響が出る。今回の格落ちは我々に『コメ作りの原点に帰れ』というメッセージではないか」と受け止めている。
 一方で農協や集荷業者からは「土づくりが基本。農家などから少し問合せはあったが今後の営農懇談会で説明していく」(JA十日町)や「29年産米は高い評価を受けている。この事態を長引かせることはよくない」(JA越後おぢや)、さらに「29年産米が特別だったとは思っていない。なんでかなぁ、というのが率直が気持ちだ」(集荷業者・米輝)など聞かれた。
妻有地域では「特A落ちの原因は分からないというのが本音。気象が主たる要因と思うが、昨年の気象は過去あまり例がない気象だったともいえる。結局コメ作りの基本の徹底だろう」、さらに「ただ2期連続の特A落ちになると、その影響は大きい。今年のコメ作りが非常に重要」(JA津南町・石橋専務)と話す。

 14日の対策会議を主導する南魚沼地域振興局・小畑武志局長は「今回の格落ちの要因は判然としないが、さらに究明が必要。どんな気象条件でも食味を維持できる取り組みを今季の田植え時期までに農家に示したい」と話す。第2回対策会議は今月22日、コメの食味などの研究者、新潟薬科大・大坪研一教授を招き栽培技術などを話し合う予定だ。 
 今回の食味ランキングでは、コメ市場人気の北海道「ゆめぴりか」、宮城「つや姫」は特A。新潟「上越・下越・佐渡コシヒカリ」も特A。だが市場人気トップは依然として「魚沼産コシヒカリ」、2位ゆめぴりか、3位つや姫。この順位が変わる時こそ、「魚沼産コシヒカリの危機」となる。

津南町長選、半戸哲郎氏、三度の挑戦   3月17日号
 6月19日告示、24日投票で行う津南町長選に元町職員、元町議の半戸哲郎氏(66)が14日、町文化センターで出馬会見し、「自立の津南町の基礎固めとなる、町民に密着した対話の町政をめざす」と出馬を表明。前々回、前回に次ぐ3度目の挑戦となる。すでに政治団体の後援会と「励ます会」を立ち上げ、月内には町中央部に事務所を開き、活動を本格的にスタートする方針だ。
 出馬会見には町議で励ます会長の大平謙一氏が同席。今後、同会と後援会を一本化し、組織体制を拡充する方針。半戸氏は『住み続けたい、住んで良かったといえる津南町』を基本姿勢に、最優先課題に上げる町立津南病院の充実、通年所得の農業再生、雪国観光圏との連携による観光交流、学校統合凍結など子育て環境の整備など政策の一端を掲げた。
 なかでも町立津南病院では「答申を受けた経営改善計画の良い所は実施し、必要性が求められる療養病棟に取り組み、整形外科医の常勤医師を確保し、看護師確保に取り組む」。一方で学校統合計画は「凍結」を打ち出す。保育園は「保育士不足で未満児対応ができず、小学校がある上郷と芦ヶ崎は当面現状で、以外は統合も視野に検討する必要がある」と方針を示す。産業化する観光ではニュー・グリーンピア津南の民間参入を促す方針。営業力アップのためにも「民間資本を考えたい」と話し、具体化も視野に入れている。

 上村町政8年については「町民密着の町政が不足していたのではないか」として、「行政システムや組織体制の見直しにより、『顔が見える町政』の実現をめざす。町職員が住民の中に飛び込み、顔を顔を合わせ、なんでも話せる対話の町政実現をめざす」と姿勢を示す。 
さらに今回の町長選は新人3人の激戦が有力視されるが、半戸氏は「人気投票のような町長選にはしたくない。行政経験がない、いまだ勉強中など、津南町はすぐに行政をリードできるトップが必要。私は明日からでも行政を担える」と話し、行政経験、町議経験をベースに3度目の町長選に前回同様、無所属で挑む。

中条第2病院問題、40日間で1万7千署名   3月17日号
 厚生連・中条第2病院の新築延期など経営改善策に対し、病院や系列の老健施設の存続を求め1月28日から署名運動する住民グループ「地域医療を守る住民の会」は9日、これまで40日間で集まった1次集計分の1万6648人署名簿の写しを地元の関口市長に提出した。共同代表の大嶋育未さんは「皆さんのご協力で短期間ながらここまで集まった。署名活動はこれから魚沼圏域全体に広げ、米山知事と厚生連トップに提出する」とさらに署名運動に力を入れる方針だ。
 中条第2病院は県内数少ない精神科病棟があり、地域医療の重要拠点。国の特別交付税の制度改正で運営補助が減額され、病院運営の厳しさが増しているなか、厚生連は歯科廃止、系列の老健きたはら移管、さらに計画していた全面改築を延伸するなど経営改善を提示。これに対し地元住民が立ち上がり存続と地域医療の充実を求め署名活動を展開。市内の地区振興会や病院家族会、医療福祉施設などが協力し多数の署名が集まった。
 9日の1次署名提出を受けた関口市長は「皆さんの取り組みは大変ありがたいこと。厚生連も中条第2病院の必要性は充分理解しているはず」と話した。同住民の会は今後、津南町、JA十日町などの署名簿写しを提出し、魚沼全域に署名運動を広め、米山知事、今井厚生連会長に署名簿を提出方針だ。

舞い上がるスカイランタン   3月17日号
 ◎…フワッと浮かび上がるランタンが、満天の星のように輝くと、「わぁーきれい」といっせいに歓声が上がった。津南雪まつりは9、10日、中央商店街周辺やスカイランタンのメイン会場、ニュー・グリーンピア津南で行い、両日で1万1500人で賑わった。年々増えるランタン人気に対応するため今回、ランタンを2日間初めて実施。9日に約千個、10日は2千個が、漆喰の夜空に舞い上がった。東京府中から家族6人で昨年に続き来場した佐藤さんは「このスケール感は、津南でしか体験できません。昨年も帰る日に翌年の宿泊予約をしました。来年も来ます」と感動していた。

 ◎…震災復旧などを込めて始めたランタン。今回も参加した横浜の女性が語ったが、「ディズニーのラプンツェルの世界が、津南で体験できると友だちから聞き、どうしても来たくて」と、3年前から飛躍的に来場者が増えている。会場のNGP津南の駐車場には関東エリアはじめ関西、四国など多くの県外ナンバーで埋まった。ランタン前のスノーウェーブや音楽ライブで盛り上がるなか、スキー場ゲレンデに集まった6千人余。会場の照明が消され、いっせいにランタンに火がともり、カウントダウンで手を放すと、フワッとランタンが舞い上がる。「わぁー、わぁー、きれい」と歓声が上がった。

新経営者で温泉施設継続、リバーサイド津南   3月17日号
今月末での営業停止が決まっていた飯山線津南駅の温泉施設「リバーサイド津南」は、新たな経営者が見つかり、4月以降も温泉施設として経営されることになった。8日夜、地元の押付公民館で新たな経営方針を確認している町議会関係者が地元説明を行い、来月以降の新経営会社の方針を示した。新体制は来月4日から営業開始し、週末の7、8日は開業記念で温泉無料開放する。
 新たに経営するのは津南町出身で首都圏などで観光事業などを手がける「株式会社ネクストラッド」(取締役会長・風巻正人氏)。利用料金はほぼ従前と同じだが、年間会員(フリー会員)2万7千円、チケット会員年間1万2千円など現行より低くしている。ただ営業時間は現行より短縮し午後2時から午後8時半。ただ夏場などは夜の営業時間を伸ばす方針。さらに経営コスト軽減でソープやシャンプーなど入浴用材は自己持参(有料レンタル有)。さらに休憩和室は無料開放(酒類以外持込み可)。新経営者は「しっかりとした経営と継続のためにも会員を増やしたい。菖蒲湯など季節季節のいろいろな行事にも取り組みたい」などと話している。なお従業員は4人体制(交代)を見込む。現在会員募集中。рO25・765・4733。無料開放の7、8日は記念品を用意している。

10代のまなざし  中村小春さん  3月17日号
 保育園年中から大学1年生まで、10人兄弟の4番目。妻有地域最多数の兄弟のひとり。ケンカあり仲良しあり、兄弟に鍛えられながら成長した。
 「正月に全員揃いました。祖父母もいるので家族14人、にぎやかになりました。小学生の時はケンカが多かったかな」
 保育園年中から始めた百人一首。今年の万葉の会の大会で、男性陣に混ざりながらも一般の部で2位と健闘。もちろん女性ではトップだ。
 「小学校低学年まではほとんどダメだったんだけど、覚えた分だけ取れるのでどんどん面白くなりました。今は百枚のうち97枚ほどはほぼ覚えていますが、残りの2、3枚がなかなか…ですね」
 好きな一首は『見せばやな雄島の海人の袖だにも 濡れにぞ濡れし色は変はらず』だという。
 「下の句が『ぬ』で始まるのは、この句でしかないんです。だから、好きというより、取りやすいのでいいんです」
 十日町で9年間の学校生活を終え、4月から天理高校に進む。4月6日に入寮し、翌7日が入学式だ。高校ではバトントワリング部に進む予定。
 「お母さんもやっていたんです。いい指導者らしく、楽しみです。もちろん、機会があったら百人一首もしたいです」
 将来の進路はまだ未定だが、少し考え始めている。
 「お姉ちゃんも医療系をめざしているんですが、私も看護師とか助産婦とか、医療系に進もうかなと思っています」

ありがとう「シネパラ」、惜しまれて閉館、存続の動きも   3月17日号
 ありがとう、シネパラ―。十日町市本町6丁目の映画館、「十日町シネマパラダイス」(岡元眞弓館長)が11日、惜しまれつつ10年間の営業の幕を閉じた。国内外の大作を始め、県内ロケ作品の積極上映、地方ではなかなか見られない芸術性の高いドキュメンタリー、さらに監督舞台あいさつ招待なども続け、上映した映画は650本以上。地域に映画文化の灯をともし続けた。一方で閉館を受け「何ができるかわからないが、考えるしかない」と映画文化の存続をめざし活動する有志も動き出している。

シネパラ閉館61行
 閉館日の11日は、館名の由来となった名作『ニュー・シネマパラダイス』を無料上映。160人余が鑑賞に来訪。中には閉館を惜しみ、泣き崩れるファンの姿も。藤木直樹さん(35、高山)は、毎月時間ができた時、同館で映画鑑賞を続けていた。「月平均で5回ほど来ていました。地域のシアターならではの近くですぐ映画を見られる環境はすばらしいもの、と閉館を知り改めて感じました。なんとか続けて貰いたいです」と涙を流した。
 14年前の中越地震で市内の映画館も被災し営業を終了。幼い頃から映画ファンだった、きものブレイン副社長の岡元館長(73)が私財を投じ、平成19年12月にオープン。だが入館者数の年間目標1万5千人に届かない年も多く、客足は伸びなかった。岡元館長は数年前から闘病中でその病状悪化、加えて洋画音楽使用料の映画館直接徴収化方針、今後の消費税増など、様々な要因が重なり閉館。館長の長男・岡元豪平副館長(39)は『泣いたり笑ったり、感動を与えてくれるのが映画。自分の強い想いで始めた館、自分の手で閉めたい気持ちでした』と岡元館長のメッセージを読み感謝。最終日は館長の次男で十日町市初の長編映画監督として同館最後の特集上映が組まれた雄作監督(38)も駆け付けた。
同館の土地や建物は賃貸で、今月末までに器材や設備などは撤去。豪平副館長は、10年前の開館記念特集でも、『ニュー・シネマパラダイス』を放映したことを思い出す。「同じ映画でもシチューションが違えば感じ方が変わる、それが魅力です。映画の灯が十日町に再び灯ることを願います」とファンと共に、名残を惜しんでいた。

震災、忘れない   3月17日号
 ○…「忘れない」―。2011年3月11日発生の東日本大震災と翌12日の長野県北部地震。あの日の出来事を忘れてはならないと11日、十日町市本町2のポケットパークなどでNPO市民活動ネットワークひとサポ(綿貫文人理事長)が主催し追悼セレモニーを開き、キャンドルを灯し黙とうした。
 ○…参加者たちは灯りで「3・11忘れない」と文字にしたポケットパークで、引きこもり家族らが集うフォルトネット手づくりのキャンドルのカップに点火。震災4ヵ月後から宮城・石巻で何度もボラ活動した樋口道子さん(71)は「東北の復興はまだまだ。この震災を忘れてはなりません。後世に伝えていかなければ」と話し、ひとサポの綿貫理事長は「7年前のことを忘れることなく、教訓として生かしていきたい」と話している。

JR東・宮中ダムで維持流量発電計画、十日町市取り組みに疑義   3月10日号
 ダム放流に義務付けられる維持流量を活用し、新たな水力発電所を計画する十日町市。JR東・宮中取水ダムの維持流量(40d以上)を使い、新発電所を同ダム脇に作り、新たな再生可能エネルギーを創り出す計画だ。5日からの市議会一般質問で3人(安保寿隆、太田祐子、藤巻誠の各氏)が同計画を質問。先月の宮中ダム魚道検討委員会や信濃川中流域協議会で、新発電所計画に対し、「河川の連続性が保たれない」「魚類への影響が大きい」など、計画を疑問視する意見が相次いだ。市議会ではこうした意見への市当局の考えを聞いたが、その中で関口市長の踏み込んだ言葉に、関係者は関心を示した。それは昨秋の台風被害で魚道が土砂で埋没、魚道の構造を指摘する意見が出たのを受け、「1日1秒たりとも魚道の流れを止めたてはならない。魚道の流れを維持するよう検討してほしい」とJRに求めた。さらに市議からは「80年経過するダム。コンクリートの耐久性も問われる。ダムそのものの抜本的な対応が必要」と、ダム本体への言動があり、十日町市の新発電所計画は、これまでの市とJRとの関係から、別のステージへの動く気配を感じさせている。

 関口市長は質問に答えた。河川環境問題の矛先は十日町市の新発電所計画に向いてきたと話し、「河川環境の改善や魚道の改修管理にJR東は精力的に取り組んでいる。昨秋の台風21号、22号で魚道に大量の土砂が入り機能が完全に停止した。宮中ダム魚道フォローアップ委員会でも、土砂流入はなぜ起こったかや流入防止の構造の検討を求める意見もあった。魚道機能が停止することがないように、1日1秒たりとも停止することがないようにJRには検討してほしい」と述べ、さらに「魚道の流れは魚道の定期点検の時は止まるが、魚類の降下、遡上に支障がないように運用面で改善してほしいと強くお願いしていきたい」と、これまでより踏み込んで魚道の管理を求めた。新発電所は「これは川の水に苦労した十日町市のプロジェクトだ。新たな再生可能エネルギーを創り出そうという計画。皆さんの理解が大前提だ」と事業推進の姿勢を見せる。
 新発電所計画では、安保氏は宮中ダムの委員会や信濃川中流域協議会で
新発電所計画に批判的な意見が向けられている現状を指摘し、「河川の連続性、タービンで魚はだめになる、環境には水車型が必要など、市の計画は連続性が保てないと指摘する意見が出ている。だが、実はこれらを阻害してきたのはJR宮中ダムではなかったか」と話し、
自然河川型維持流量発電所・魚道の考えを提示。さらに「80年経過のダム。コンクリート建造物の耐用年数は超えている。ダム型を抜本的に変え、市とJRで電力を分け合う方策を研究してはどうか。
電源立地交付金はついていない現状のなか、考えるべきだろう」と進言している。
 この市長発言に関係者は反応している。「市長はJR東の取り組みを高く評価している。新発電所への批判的な意見が出て、それに反応したのだろう」、さらに別の関係者は「JRの取り組みをさらに求める言葉だ。新発電所計画はJRの協力がなければ実現できない。市の実現への強い姿勢を示したのでは」など、憶測を呼んでいる。

写真・宮中ダムの空撮(NPO新潟水辺の会撮影)

ご当地ナンバー「雪国魚沼」、導入断念   3月10日号
ご当地ナンバー導入をめざした魚沼圏実行委員会は2日、南魚沼市役所で3回目の委員会を開き、先月末締切で実施の住民アンケート結果を公表し、『雪国魚沼』導入反対が6割を上回ったため断念を決め同日、実行委員会を解散した。実行委員長・林茂男南魚沼市長は「国は地元の概ねの合意を求めており、この結果は導入同意が得られていないこと。寂しい結果だ」と今月9日締切の県提出の見送りを決めた。出席の佐藤魚沼市長は「時間がなかった」、関口十日町市長は「予想外のアンケート結果だった」など意見が聞かれた。一方、導入反対署名運動した住民は「これで良かった。住民の反対は分かっていたはず」の声が聞かれた。
 湯沢町離脱後、実行委は南魚沼市、十日町市、魚沼市、津南町の4市町で取り組み、住民1万1千人アンケート実施。平均回収率56・24%で「雪国魚沼」支持はどちらかを含むと20・23%。一方、現在の長岡ナンバー支持とどちらかを含むと69・66%と7割近くを占めた。なかでも十日町市75・47%(回収率61・56%)、津南町73・79%(同62・95%)と導入賛成を圧倒している。
 実行委で関口市長は、導入前提で設置の導入委員会、名称絞り込みを担った住民代表の推進協議会など取り組みプロセスを評価し、「70%余が長岡ナンバー支持は民意の表れ」と断念やむなしを述べ、「引き続き魚沼圏で連携し課題解決への取り組みは続ける必要がある」と連携継続を強調。代理出席の津南町・小野塚副町長は「結果は民意であり尊重すべき」と断念に同意。魚沼市の佐藤市長は「国申請の状況ではない」と断念に同意。
実行委員長・林市長は「残念なのは雪国魚沼の内側の人たちが選びたくないという現状。外から見て(雪国の高評価が)、そうなのかと考えるチャンスだったと思う。これを契機に様々な事業展開を考えていただけに残念」と語った。導入反対署名運動した蔵品誠行さんは「努力が報われた。アンケート結果は考えていた数字だった」と話す。一方で観光事業者などからは「雪国魚沼のオリジナルナンバーで、新たな事業展開ができると期待していただけに導入断念は残念」と話す。今後、再度のチャンスはエリア拡大や国の制度改正の機会となる。なお上越エリアは『上越』を導入することに決まった。

雪国の魅力発信、外国から多数来訪   3月10日号
 世界最大の芸術祭・大地の芸術祭で世界的な知名度になっている『越後妻有』。今年7回目の本番を迎えるなか、波及効果は冬のイベント「越後妻有雪花火」や「雪見御膳」のツアーにも表れている。今月3、4日の同ツアーには台湾や関東方面などから合わせて15台の大型バスが妻有入り。冬の雪と花火、そして妻有の伝統料理などツアーは「満杯状態」で、インバウンド(訪日外国人旅行)の拡大と共に一段と注目が集まっている。
      ○
 「すごーい、とってもきれい」―。雪花火としては世界最大規模となる3尺玉や幻想的な光の花畑とミュージックスターマインが人気の「越後妻有雪花火」は3日夜、あてま高原ベルナティオで開かれ、5000発のミュージックスターマインなどが夜空を焦がした。地元はじめ首都圏、台湾などからバスツアー19組など、前年に比べ300人増の5700人余りが歓声を上げた。
 里山の雪原には、来場者一人ひとりが手渡されたLEDを雪に埋め込み完成する参加型アート、高橋匡太さんの花畑アートを演出。約1・5fの雪原に3万個のLEDライト『光の種』を散りばめ、夕暮れと共に赤や青、黄、紫など色とりどりの光が広がった。この中、次々にスターマインを打ち上げ、光のページェントを演出した。東京からツアーで訪れたという50代夫婦は「光の花畑と花火がとってもきれいで、昨年に続いて来ました。今年も感動しました。もう毎年来たいです」と喜んでいた。
     

最後の卒業式、県立川西高校   3月10日号
「川西高校の良さを伝えて頑張ろう」―。閉校が決まった川西高校(佐藤真佐人校長)で2日、最後の卒業式が行われ、41年の歴史に幕を下ろした。卒業生59人は保護者や地域の人々の拍手で送られ、母校を巣立った。
 佐藤校長は「有終の美を飾るにふさわしい卒業生だった。社会の変化は絶えず新しい波が押し寄せる。本当の勉強はこれから。3年間の素晴らしい成果と学び、誇りを胸に輝かしい人生を送ることを願います」と激励。卒業生を代表し遠田馨人君は「それぞれ違った道を進み、苦しいこともあると思いますが、学校での経験を活かして乗り越えていきます」と決意を語った。
 第1回卒業生で同校の存続を求めて奔走した上村保弘同窓会長(58)は「とうとうこの日が来てしまい、さみしい。昨日、卒業生に話す機会があり『こんな良い学校はない、一緒に良さを伝えて頑張っていこう』と呼びかけた。同窓会総会をやってほしいと声が上がっており、考えていきたい」と話している。

サンヨ、サンヨ、子ども押し合い  十日町市川治   3月10日号
 ○…子どもたちに冬を楽しんでもらおうと32年前に始まった川治中町の十王堂「多聞天子ども押し合い祭り」が3日に行われ、雪の境内に木札を奪い合う歓声が響いた。
 ○…住民と40人余りの子どもたちは堂内で般若心経をあげ、守護仏の毘沙門天に「オンベイシラマナヤソワカ」(人の話をよく聞き、真実を見分けて立派な人になろう)と唱和。外に飛び出した子どもたちは「サンヨ、サンヨ!」と元気な声を上げ、中町世話人会(高橋隆之代表)のメンバーが投げる木札を取り合った。特選木札を取った保坂慶君(水沢小6年)は「低学年の頃から参加して特選は2回目。うれしいです」と笑顔。高橋代表は「20歳になった人も冬の思い出として心に残っているという。工夫しながら継続したい」と話している。十王堂は尼寺で昭和43年頃に尼主が亡くなったが、地区の拠り所として改装などしながら維持し続けている。

「4年間に自信もって」、県立十日町高校定時制卒後式  3月10日号
 ◎…「球技大会や部活に大活躍だったね」「4月からは大学で科学の最先端にふれてください」「地域の伝統文化を守る仕事、感がってください」―。県立十日町高校定時制の卒業式は2日、同校で行い、12人が4年間の思い出深い学び舎を卒業した。担任が一人ひとりにメッセージを添え送り出した。
学生を見守り、励まし、応援している十高定時制振興会・関口美智江会長は「この4年間、決して順調だったわけではないと思います。なぜ、なぜと不安の日々もあり、でもそれを乗り越えて今日があります。いま皆さんはキラキラして堂々としています。困難を乗り越えてきた皆さん、これからも乗り越えられないわけがない」と祝いの言葉を贈った。
 ◎…卒後式で鈴木重行校長は4年前の入学式で送った言葉を繰り返した。「夢は叶えるためにある。夢を追い続けることが青春の醍醐味。失敗を怖れずチャレンジしてほしい。失敗は青春の勲章」。さらに「社会のため、世の中のため、人のために生きることを忘れては名rない」と言葉を贈った。卒業生代表の橋健さんは、仲間達へ、後輩へ、先生へ、そして保護者へと言葉を続け、「事情を抱えてこの学校に入学した。多くの人たちに支えられ、大きく成長できた。感謝の言葉しかないです」述べ、後輩から花束を受け、学び舎を後にした。


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