山に囲まれた沢沿いの田で動くトラクターを、はるか上空で円を描きながら見守る「クマタカ」(熊鷹)。耕す音に驚き、ネズミや野兎などが逃げ出す。それを見逃さないクマタカ。音もなく急降下、逞しく鋭い爪で掴み、飛び去る。「この間、クマタカが兎を捕まえていったよ、そんな話を時々聞くんですよ」。小林孝行さん(70)は、クマタカの話になると、目が輝く。
生態系の頂点に立つ「猛禽類」。羽を広げると160aを超える「クマタカ」。環境省レッドリストの絶滅危惧種。あれから16年が立つ。あの時の光景と感動は、いまも脳裏に焼き付き、その時の思いがよみがえる。
夏の最中だった。16年前、川の対岸の上に立つ送電線鉄塔のてっぺんに見つけた。「ひと目で分かりましたね。普通の鳥は斜めに見えるが、クマタカは立っているように見える。1`近く離れていたが見えたということは、相当の大きさということ」。すぐにスコープで見ると、『クマタカ』だった。それから観察が始まった。
その後の観察で「営巣」を確信。それも夏だった。松の枯木にクマタカの『つがい』。見ていると「交尾」のしぐさをしている。「これもラッキーでした。この地で営巣している証しで、あのクマタカが、感動でした」。
十日町野鳥の会の会長を務める。かつて会員は50人ほどいた。「ちょっと元気がなくなってきたかな。メンバーがそのまま年を重ねているからね。でも個々にはしっかり観察活動している方もいますよ」。野鳥への関心は「常に自然が身近で、当たり前でもあったが、環境の変化で自然も変わってきているね。野鳥にも影響しているな」。
クマタカは、隔年ごとに子育てするといわれる。産む卵は1個。育てる幼鳥は1年近く親が世話する。そのため次の繁殖期を迎えても幼鳥がいる場合があり、多くのつがいは隔年ごとの子育てと言われているが、研究データが少なく生態の未解明部分が多いという。
だが、小林さんは確認した。「5年連続で子育てしました。これは貴重な記録だと思います。その前には3年続けて子育てし、私が観察を続けるクマタカは、少なくとも8羽を子育てしたことになります。その子たちが、ここに住み続けていてくれることを願うばかりです」。このつがいの子なのかは確認できないが、市内に2ヵ所の生息地を確認している。
こんなこともあった。幼鳥に発信器が取り付けられているのを見つけた。環境省に問い合わせると大学の研究のために許可したという。だが、幼鳥ではなく成鳥ということだった。「幼鳥が何度も発信機を気にしているのを見て、問い合わせたんですが、せっかくここで営巣してくれているわけで、見守ってほしいですね」。
『共生』という言葉がある。クマタカの営巣地は、以外にも人里近い谷筋だ。谷の所々に田んぼや畑があり、農道が通り、車が走る。「このつがいは、そうした環境の中で子育てしています。トラクターや草刈り機の音の中での子育て。一方で農機作業にびっくりして出てきたネズミや野兎、ヘビなどをクマタカはエサにしています。地域の人たちは、クマタカを見守ってくれているんです」。
猛禽類は、そこに暮らせる環境がないと繁殖しない。幸い、この地には自然の中で暮らす人と野生動物が共存している。「野生動物の暮らせる環境は、人にとっても大切な環境。その頂点の猛禽類の生息は、実は人が生きるための環境にもつながっています」。
これから冬。クマタカにとって一番厳しい季節。「ここのクマタカは、逞しく、強いです。だから8羽も子育てできるんです。生きる力です。見守ってほしいですね」。