1年4ヵ月前、津南町で25歳の女性町議が誕生した。現役の東京大・大学院生という話題性もあり、全国の関心を集めた。その余波は全国の市町村、さらに県議会や国政へと波及し、各地で20代、あるいは30代で市町村選挙や県政、国政をめざす動きを巻き起こしている。約2ヵ月後、十日町市と栄村で市村議選が行われる。すでに前哨戦が始まり、新人が名乗りをあげ、活動が本格化している。だが、隣接の津南町で起こった「20代町議誕生」現象は、両市村では、今のところ見られない。なぜ、余波が起きないのか。
「若い世代が決意し、立ってほしいが、そういう環境にないだろう」。42歳で議員となり、合併前の松代町議を含め連続8期、26年間務める十日町市議会の小堺清司議長(68)は語る。今期限りでの引退を決めている。昨年末、地域の若い世代との懇談会に顔を出した。松代の現状や課題、十日町市行政の課題などについて語り、最後に今期での引退を話し、途中退席した。「あとは自分たちで考えるだろうと、それ以上は何も言わなかった」。その数週間後、40代の男性が市議選への名乗りを上げた。
26年前、松代町議会では最年少議員だった。「一番若く議席番号1番だった。3期、4期の先輩から『今日の一般質問は良かったぞ』などと誉められたこともあった。そうやって引き上げてやることも、先輩議員の役目だと思う」。
だが、仕事を持ちながらの「兼業議員」は、思う以上の困難性があった。「会社員など勤務者などは、その職場の理解や就労環境などの影響が大きく、さらに地元地域など住民が仕事持ちの議員をどう見るかがあり、『兼業議員』は難しさがある」。十日町市の現市議で、いわゆる「サラリーマン市議」は現定数30人のうち数人程度。他は事業経営者、農業、退職組などが大半だ。
さらに小堺議長は、生活保障面も指摘する。「年間の議会開会日などの日割り計算では相当額の議員報酬日当になるが、議員は365日、24時間、責任を背負っている。20代、30代を求めるなら、その環境づくりが必要だ」。議員報酬の見直しなど議会改革の必要性を指摘する。
同世代は、どう考えているのか。十日町市の20代の女性。市議という存在は「やはり地域の名誉職という感じです」。地域行事や会合に来賓出席し挨拶する、そんなイメージが強い。「具体的に、どんな議員活動をしているのか、よく分からないのが実情です。若い世代と言いますが、地域が認めた人でないと出られないという現実も感じています」。
この受けとめ方は、同時期に改選期を迎える津南と隣接の長野・栄村(定数12)の同世代も感じている。20代、30代から聞こえる意見は、ほぼ同じだ。「ムラの会合には家の代表が出るわけですが、全く世代交代が進んでいないという感じです。そんな環境の中で村議に、とはなるわけがありません」、さらにこんな意見もよく聞く。「出る杭はすぐに打たれます。ムラ社会の典型がまだまだ残っている感じです」。
「実践的住民自治」を掲げ、5期20年、栄村の村長を務めた高橋彦芳さん(84)は、今も全国各地から招かれ、講演に出向く。「若い者が地域の課題や問題を考えていないというわけではないが、そういう意識が育っていない現実がある。本人たちのせいより、社会環境に問題がある」。
社会教育に長年取り組み、栄村公民館活動の基礎を作り上げた高橋さん。今の社会教育は「レクリェーション志向」になっていると指摘。「自分たちの生活課題を共に考えたり、社会問題で意見を交わしたり、あるいは政治的な事などを皆で考える場がなくなっている。そうなると、『今の世の中を動かしている正体は、いったい何なのか』ということさえ、ここの暮らしの中では見えてこないのではないか」。
ならば、どうすべきか。住民の関わりの場を増やし、地域の課題や問題の共有が必要という。「地域の中に、総会のような一つの組織ではなく、女性が関わる生活委員会や若者や中堅が取り組む産業委員会など、各世代が関わるパート、役割を作ることで地域活動が広がり、集落の意見がまとまっていく。さらには行政への問題意識も育っていく」。高橋さんの世代では、20代村議が何人も誕生していたという。
その栄村。改選期が迫るなか今期での引退表明はなく、現職の前哨戦が活発で、新人の動きは見えず、無投票ムードが漂いはじめている。一方で十日町市議選は、現状では最少数の1人超過で選挙戦突入の状況だ。
町議になり1年4ヵ月。26歳になった桑原悠町議は、議員という職をどう考えているのか。「若かろうが、年を取っていようが、地方政治に入るというのは相当の覚悟がいります。またそうでないと、選挙に出てはいけないと思います。
誰かが出て、何票取れるかなどのレベルの話ではなく、公人として、その地域に身を捧げる覚悟をした人が何人いるかで、良くなるか、あるいは衰退していくかが決まっていくのだと思います」。これが実感という。
写真・2011年の津南町議選で初当選した桑原悠町議(2011年10月の町議選で)