任期満了(11月9日)に伴う津南町議選は25日告示、30日投票で行い、注目の新人で東京大大学院生、桑原悠氏(25、貝坂)が町議選史上、最多の1144票という驚異的な得票で初当選を飾り、新人4人は全員議席を獲得。だが、桑原氏のダントツの得票の影響で、他の新人票は伸びなかった。一方、4年前の前回、トップ当選した福原照男氏(69、外丸本村)は395票も減票し、最下位当選の草津進副議長(62、赤沢)に26票およばず惜敗した。
開票作業は30日午後7時から町役場庁舎大会議室で行い、前回と同様、約1時間半で開票結果が出るなどスピード開票となった。トップ当選の桑原選対は、開票待ち会場の貝坂公民館に集まった60人余と共に「やったー、バンザイ」と初当選を喜び合った。なお当日有権者数は9226人(男4444、女4782)、投票率は81・67%(前回84・49%)。関連記事=2面、各選対当選の喜び、3面町議選写真ルポ、4面「保存版、津南町議選結果」
『郷土を愛す』。小学6年の時に、桑原悠さんが書した掛け軸を自宅から持ち込み、大広間に掲げた貝坂公民館2階。住民60人余が集まるなか、ニット系の白いワンピース姿で現れた桑原さん。「皆さんのおかげです」と深々と頭を下げると、「悠、おめでとう」の大合唱。後援会長の桑原稔さんは、「とんでもない数字を出してくれた」と1144票という津南町議選史上、最多の得票に驚き、満面の笑みで初当選を祝福した。
「育ててくれた津南町のために」と、町議選出馬表明したのは告示1ヵ月前。選挙戦は、津南中学同級生で地元に暮らす7、8人を母体に、家族や親戚など限られた人員で臨んだ。9月末に車免許を取り、冬でも大丈夫と求めたジムニーが選挙車。「皆で考えました」と、丸いステッカータイプの名前シールを車体に張る。
告示後、日ごとに変化が見られた。自宅の選対事務所に「こっちにも来てくれ」、「顔が見たいてー」とお年寄りなどから続々と電話が入った。責任者の村山文雄選対本部役員(48)は「全く知らない人からの連絡が増えていった。すべてが初めて。全く読めない選挙だった」と振り返る。
来春大学院卒業の桑原さん。早大、東大大学院での活動で得た『アイディアは地方から生まれる』は、自分の信念ともいえ、これからの議会活動のベースになる。「自立の道を選んだ津南町。津南が本当の意味で自立するには、自らアイディアを出し、実現していくことが必要。そのアイディアの源泉は津南町すべての人たちです」。町民総参加の津南町づくりの必要を話す。
選挙期間中、「何も受け取らない」方針を貫いた。当選が決った30日夜、集まった60人とお茶とケーキで乾杯。「初心を忘れるな」の声が飛び、「津南町をしっかり回ります」と約束した。
写真・トップ当選で選挙中、一緒に回った中学時代の同級生と初当選を喜ぶ桑原悠氏(中央、30日夜8時半、津南町貝坂公民館で)
解説
開票が始まり1時間半後の午後8時29分。開票所の津南町役場庁舎3階大会議室。確定結果の発表。「桑原悠1144票」。どよめきが起こった。その3分後、桑原選対の開票待ち会場となった貝坂公民館2階に電話が入った。黒板に張られた開票一覧の桑原悠欄に「1144」と書き込まれると、「オー」、「やったー」の歓声。出馬表明から大きな関心を集めた現役の東京大大学院生の、津南町議誕生の瞬間だ。
告示後の26日、桑原氏は卯ノ木で個人演説会を開いた。参加住民から、こんな言葉が出た。「25歳に頼らなければならない津南の現状は、情けない」。県内、いや全国が注視したといえる今回の津南町議選の、もう一つの側面を言い当てている。「私を育ててくれた津南町のために」。桑原氏の純粋な思いが、有権者に響いたのは事実としても、今回の「1144票」という驚異的な数字は、何を物語るのか。
「期待感のあらわれ」、「いや、今の津南町議会への不満の意思表示」、「何とかしてくれ、という悲痛な叫び」。どれも当たっているだろう。8月に被選挙権を得たばかりの25歳は、選挙戦で「議会改革」を全面に出して、支持を訴えた。個人演説会では、地方交付税の仕組みと津南町の財政状態を示し、「自立の津南は、自らアイディアを出し、自ら稼ぐことが求められる」と、持論である『アイディアは地方から生まれる』を強調した。
だが、住民からは、「税金も払っていない学生に、何が分かるのか」、「頭でっかちでは、何もできない」など告示後、声が飛んだ。桑原氏は、答える。「その通りです。私ができることから始めます」。掲げる議会改革。『議会基本条例の制定』を訴えた。支持を得た条例制定の実現は、議会の意識改革に通じることといえる。
公共政策学を大学院で専攻する桑原氏の教授は、最年少知事で話題を呼んだ岩手県知事や総務大臣を務めた増田寛也氏。町議選出馬を話すと、「絶対に当選しなさい」と言われたという。COP10(第10回生物多様性国際会議)に出席した学友は、同じ東京大大学院生。これまで津南町が、なかなか持ちえなかった人的交友も、今回の町議選で誕生した。津南町の「シンクタンク」財産になる。
さて1144票、今回の町議選を物語り、津南町が直面する課題を表している。有効投票の実に15・4%を1人の議員が得票した事実を、他の議員はどう受けとめるのか。そこには「25歳効果」だけでは語られない、根深い「議会不信」を感じる。今期限りで引退する議員が話している。「議員活動の見える化が必要。議員は、片手間ではできない」。議会活動、議員活動の根本的な見直しを、1144票は求めている。
同時に、津南町が直面する課題への取り組みも、この驚異的な数字は求める。投票当日、各投票所で聞いた声で、最も多かったのは『若い人の職場づくり』。20代世代の代弁者でもある桑原氏への期待感は、実はその親世代の率直な思いだろう。議会あげての取り組みを、1144票は求めている。(恩田昌美)