
東京電力は2001年から、年間を7区分に分け試験放流している。この2年前、国土交通省主導で「信濃川中流域水環境改善検討協議会」をできた。流域の東京電力・西大滝ダム(飯山市、信濃川発電所=津南町三箇)とJR東日本・宮中ダム(十日町市、信濃川発電所=小千谷市)の両ダム下流域の慢性的な渇水状態を問題視し、専門家によるモニタリング調査を開始。これを受ける形で東京電力は01年から試験放流を始め、今も続く。
30年前の前回の更新期。河川環境を守る「最低維持流量」の数値表記は義務化されていなかった。だが、1997年の河川法改正で「河川環境の整備と保全」が加わり、水利権更新は性格を変えた。「それまでの治水、利水が中心の河川法では河川環境の改善にはならず、悪化するだけ。ようやく法的な裏づけがされたことの意味は大きい」。川を毎日見る中魚漁協の長谷川克一組合長は話す。
東京電力の試験法流は、冬期間(12月1日〜3月31日)が最低の毎秒0・26d。これは魚道の放流量。つまりダム水門はすべて閉じている状態だ。サケ遡上期(10月1日〜11月10日)19・71dが年間で最多量。事業化をめざすラフティングシーズンの4月1日〜5月31日5・66d、6月1日〜7月9日12・16d、7月10日〜9月10日7・81d、続くサケ遡上期まで12・16dとなっている。
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県境の宮野原橋の下流約2`、川が大きくカーブする津南町下足滝。39年前に堤防ができるまでは「大水が出ると田んぼが水をかぶり、家まで水つきになった」。今は堤防で川が見えない。家の玄関先で川の流れを聞きながら島田一二三(84)は懐かしそうに話した。
「小学校の頃だったかな。川に丸太で足場を作り、せり出した木の上で、網がついた長い柄で川をかいているのを見た覚えがある」。網ですくうことを「かく」という。サケ漁は普通の網より網目が大きい。
下足滝の対岸は、今井集落。「両岸から足場が出て、両方とも4ヵ所ぐらいあったかな。日に5、6匹捕っていたようだ。サケ漁は何軒かで組み、捕れると近所や隣村の旅館に売ったようだ」。1日に5、6匹、両岸8ヵ所で日に40匹以上、捕獲されたようだ。
西大滝ダム取水開始の1939年、川は一変した。「水量がガクンと減った。以来サケが捕れなくなった」。ダム取水から70年余、サケ漁は過去の語り草となり、そんなサケ漁が目の前の川で行われていたことすら、話題にならない。
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9月11日、宮中ダム魚道にサケ採捕のトラップを設置。今月25日には15匹、21日には大物75aのメスを採捕。28日現在137匹を確認。採捕のサケはすべてダム上流に放している。
県境の宮野原橋まで漁業権を持つ中魚漁協の長谷川組合長。「サケは我々のロマン。毎年赤字ながら稚児放流している」。さらに「東京電力が申請の毎秒20d、本当にこれでいいのか。許可後どう検証するのか。期間20年は無理がある。5年間の試験期間を設け、しっかり20dを検証すべきだ」。東京電力の許可申請「20年」に、待ったをかけている。
一方、約21`上流の西大滝ダムは今月1日から採捕を開始。だが28現在3匹だけ。同ダムでサケ遡上をカメラで24時間監視するNPO新潟水辺の会の加藤功事務局長。「水量と共に魚道の改善が必要。西大滝ダムの閉じられた水門前でうろうろするサケを数匹見ている」。東京電力設置の「西大滝ダム魚道構造検討会」第3回を来月4日開く。協議内容を注視している。
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宮中ダムと西大滝ダムの採捕数に大きな開きがある。途中に清津川、中津川、志久見川が入る。東京電力は「途中の河川へ上ることが考えられ、西大滝の確認数に影響しているのでは」と推論している。
東京電力は2007年、国土交通省ガイドラインに添う河川調査を行った、という。ただ魚類の詳しい調査はしていない。70年余に渡る河川環境の悪化の主因である西大滝ダムの取水による影響は、中流域提言にもある通り、「最低維持流量毎秒20dを流しても、かつての川に戻るものではない」と慢性的な渇水状態を厳しく指摘している。
その環境改善の象徴の一つがサケだ。「20d放流」と東京電力は今月7日の許可申請に明記した。だが、「なぜ20dなのか」への明確な回答はない。「中流域提言を尊重」だけである。
そもそも東京電力は、中流域提言が出る前、07年に独自で行った維持流量調査で、それまでの試験放流の年平均「毎秒7d」に近い数字が出たため、水利権更新時には「通常毎秒7d」をベースに検討していた。このため住民懇談での「7dがなぜ20dになったのか」の質問には『分からない』と回答。さらに『釈然としないものがある』と、中流域提言の毎秒20dに懐疑的な姿勢を示した。
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ダム取水で川が激変した記憶を、流域の人たちは忘れない。川岸いっぱいの信濃川の姿が目に焼きつく清水隆平(78)は、かつて吊り橋だった県境から下流約5`の田中橋のたもとで、川と共に育った。近くに温泉宿しなの荘がある。
「しなの荘の上流にヤナ場があった。地元では『おけば』と言った。魚かき(網すくい)で取ったサケを売りにきた。筋子がいっぱい入ったサケを見たことがある。急に川の水が少なくなったのを覚えているな」。
ダム取水で一変した流域の河川環境。「20d放流」で、どう川がかわるか。その検証が求められる。
写真・昭和初期に信濃川で行われていたサケ漁(津南百年史より)